とぼとぼと、シンジは自分の家を目指した。

殴られた顔が痛い。

その上、切れた口内は不快だった。傷を舌で、そっとなぞってみる。

「・・・・いたっ・・・・」

まだ出血は止まらず、何度も唾を吐きだした。

顔を顰め、深く溜息をつく。

ふと、シンジはその場に立ち止まり、じっと目を凝らす。

闇の中、自分の方に向かって走って来る二つの影が見えた。

「・・・・・・・・・・」

息を潜め、それが何者なのか見極める。

危険が迫っているのなら、何処かに身を潜めなければならない。

既にB-区に入っている。E -区程危険は無いにしろ

今のシンジは酷く疲れていて、どんな些細なことも躱せない気がしていた。

辺りに身を隠せそうな場所を探しながら、二つの影に注意を払う。

やがて、その人影がはっきりとし始めた。

それは、自分が良く知っている二人だった。

「・・・・・・アスカ、トウジ・・・・」

シンジは呆けたように呟く。

「・・・・・シンジ!」

「お前、無事やったんか!」

トウジがシンジに駆け寄る。

「・・・・・まあ、なんとかね、見ての通りだよ、」

シンジは苦笑いをし、自分の姿をみせた。

口の端が僅かにつる。

「ほんま・・・・よう無事やったなぁ・・・・・

わいは、アスカから話し聞いて、もうあかんおもっとったわ・・・・」

ほっとしたような表情をして、トウジはシンジの肩を叩いた。

「僕も・・・・・そう思ったよ。」

「しっかし、どうやって逃げてきたんや?

まさか・・・・・三人の男をこてんぱんに伸して来たんか?!」

「そんなわけないだろ・・・・・・助けてもらったんだよ、」

「助けてもろた・・・・・・?誰に?」

 トウジは驚いたように言う。

この街で、仲間以外の人間を助けようなどと思う者はまずいない。

仲間ですら見捨てられることは、日常茶飯事だ。

いちいち他人に係っていたら、命がいくつあっても足りない。

「・・・・・・僕らと、おんなじくらいの人。

カヲルって、言ってた。凄く綺麗な人だったよ。」

「ええっ!?・・・・・シンジそら、ほんまか?

ほんまにそいつは、カヲル言うてたんか??」

シンジの返答に、トウジは過剰な程の驚きを見せた。

「う・・・ん、確かにカヲルって・・・・・」

「灰銀髪に紅い瞳の?」

「・・・・そうだけど、?」

「・・・・・そら、えらいやつに助けられたんちゃうか?」











********






シンジは何度も寝返りをうつ。

なかなか眠れない。

自分を助けてくれた少年の事が、頭から離れなかった。

本当に不思議な少年だった。











「助けてくれて・・・・ありがとう・・・・・えっと・・・」

「僕は、カヲル・・・・・E-区に住んでる、」

「ぼ・・・僕はシンジ、B-区から来たんだ・・・・」

カヲルと名乗る少年は、シンジをじっと見詰める。

近くで見ると、本当に綺麗な少年だ。

微かな風に揺れる、銀の髪。

雪花石膏のように、すべらかな肌。

澄んだ紅い瞳。

不完全さがまるで感じられない。そして、その完璧な

美しさは、かえって不自然な感じをシンジに与える。

カヲルは先程から、少しも視線を反らそうとはしない。

「え・・・・・あの・・・・」

あまりにも熱心に見詰められたシンジは

戸惑いを覚え、カヲルの視線を避けるように俯いた。

「・・・・・君、変わっているね、」

「え・・・僕?」

「不思議な匂いがする・・・・・この辺りの人間じゃないね、」

「・・・・・ど、どういうこと?」

シンジは顔を上げる。

カヲルのスピネルの瞳とぶつかった。

「ふふ・・・・・さあ、夜は危険だよ、もう行ったほうがいい、」

カヲルはシンジの問いには答えなかった。

ただ微かに笑っているだけだ。

「・・・・・・・・・・・」

シンジはB- 区に向かって歩きだした。

少し歩いたところで、振り返る。

カヲルはそこに立ったまま、シンジを見送っていた。

闇の中、カヲルの白い影が浮かび上がって見える。

シンジは何度か振り返ってカヲルを見たが、

いつの間にかカヲルは居なくなっていた。

そこには、ただ暗い闇が、広がるばかりだ。










「えらいやつって、・・・・・どういうこと?それ?」

「シンジが知らんのも無理無いけどな、

E -区のカヲルいうたら、泣く子も黙るキング・オブ・ディーラーや。

ある日ふらりと現れて、あっという間にE-区を掌握してもうた・・・・

ごっつう綺麗な顔して、とんでもない奴やで、」




ああ・・・それで・・・・・




シンジは漸く、三人の男達の態度に納得した。

彼の持っていた、あの威圧感。

それが自分に向けられたものでは無いことを幸いに思う。

シンジはあの時のカヲルを思い出し、僅かに震えた。











「・・・・・ねえ、シンジ・・・・・起きてる?」

アスカがベットの中から声をかけてくる。

そういえば、アスカは帰ってきてからからずっと黙ったままだった。

「・・・・・うん・・・・」

シンジは顔だけをベットの方に向けた。

暗闇の中、アスカが自分を見下ろしているのが分かる。

「・・・・・あの・・・・さ、」

「うん?」

「あの、か・・・・・顔、まだ痛い?」

「・・・・少しね、」

しばしの沈黙。

アスカが何かを言いたそうにしているのが分かった。

また何か、文句の一つも言われるのかとシンジは思う。

「・・・・・・・シンジ、・・・・・今日は、

今日はごめん!おやすみ!」

アスカはそう言うとくるりと背を向け、頭まで掛け布の中に潜り込んだ。

「・・・・・・・・・・・」

シンジは驚いて、暫くの間アスカの背中を見つめた。

アスカの口から、そんな言葉を聞くとは思いも因らなかった。

殴られた頬をにそっと手を当てる。

熱を持ったそこは、明日には酷い腫れをもたらすに違いない。

シンジは複雑な思いで、目を閉じた。








********






「・・・・・・今日、とてもいいものをみつけたよ・・・・・」

カヲルは嬉しそうに言い、窓辺に立つ少女の頚に腕を絡ませた。

その部屋は、E- 区の中心にある廃棄されたビルの一室。

ビルは近辺では最も高く、窓からはE-区はおろか

B- 区までもが見渡せた。

暗闇に浮かび上がる、NEO 3RD TOKYO。

そこだけが明るく、存在を主張している。

窓から外を見ていた少女は、ゆっくりと振り返った。

頬にかかる薄水青の髪、そしてカヲルと同じ紅い瞳。

透けるような、白い肌の美しい少女だ。

「あんなにいいものは、他にはないよ・・・・・レイ・・・」

「・・・・・欲しいの?」

レイと呼ばれた少女は、抑揚無く呟く。

カヲルはレイに頬を寄せ、その紅い瞳を光らせた。

「・・・・・・ああ、とても欲しいよ、もう、死ぬほどに・・・・

思いだすだけで、ぞくぞくする、」

「そう・・・・・」

レイは再び視線を窓の外に移す。

カヲルは瞳を閉じ、レイの頚に口唇を押し当てた。

鼓動が伝わる。

静かに脈打つ血管。

薄い皮膚を通してそれを確かに感じた。









カヲルは深く息を吸い込む。





The Next・・・・・